蜜柑と別れてから棗はよく、外を見てはぼーっとしていた

もともと無口で口数は多いほうではなかった棗のその様子に気づいたのは親友の流架だけだ

それに、周りの女子達に文句を言う事なくただ無視しているだけである。


やっぱり棗はまだ佐倉の事を好きなんだ


蛍が弱音を発してから流架はずっと考えていた。棗が何故蜜柑と別れたのかを。

『・・・買ってあるんだ。リング』

棗のその言葉に嘘偽りは無いだろう。

『・・・でも俺、この体がもつか分からねぇのに、言えねぇ』

蜜柑を心配する棗が、妊娠した蜜柑を知って別れるはずがない。

妊娠した蜜柑を一人にさせるなんて、棗にとって本来絶対にあってはならないことじゃないだろうか。それをなんで棗は選んだんだ。流架はそう思うと、棗を再び見る

「棗く〜ん、今度ここにいきません?」

「私と喫茶店にでも行きましょうよぉ」

棗が蜜柑と別れたと知ってきた女子達だろう。

女子が、棗に触れ、腕を組もうとする

「・・・触んじゃねェ!!」

ボーっとしていたはずの棗は、女子に触れられそうになった瞬間、怒り出した

女子達を火で脅す

「棗っ!」

こんな事、何年ぶりだろう。

「駄目だ棗。アリスを使っちゃ・・・!」

『棗!あかんやろ、むやみにアリス使ったら!!』

以前よく蜜柑が発していた言葉を思い出す。

そういえば、こうやって蜜柑が毎回毎回棗に注意してたから、最近はこんな棗を見なかったんだ

「・・・る、か」

棗が焦点の合わない目をこちらに向けてくる。怒りの表情が悲しみに変わる

苦しんでいる

流架がそう判断するのに時間はいらなかった


「棗、話がある」

「・・・・」

こんな棗を見て、やっぱり聞かなきゃいけないと思った

『私もう、蜜柑が苦しむ姿を見たくないのよ』


俺だって、親友である棗の、こんな苦しむ姿が見たくないから


「別の場所、行こうか」

「・・・あぁ」

まだ目の焦点は合ってなさそうだが、流架は棗をつれ、空き教室を見つけるとそこに入った

外に誰も居ない事を確認すると、流架は話し出す

「・・・単刀直入に聞くよ。棗、なんで佐倉と別れたの?」

「・・・・・」

棗は答えない。流架は答えを聞かずに問いを続ける

「棗は佐倉が好きだったんじゃないの?リングだって準備しるって言ってたじゃないか。それなのにどうして」

別れたの?結婚しようっていわなかったの?・・・自分の悩みを言わなかったの?

いざ聞こうと思うと、声が出ない

聞いたら、目の前に居る親友が壊れてしまうような気がしてしまったからだ

「俺だって・・・俺だって別れたくなかった!俺には蜜柑が、蜜柑がいねぇと駄目なんだ」

「じゃあなんで!なんで棗は別れたの」

「俺は蜜柑に愛想をつかされたんだ。蜜柑が別れるって言った。なら俺は従う。それで蜜柑が幸せになれるならなおさら、俺は蜜柑のいう事に従うしかないだろ」

パシンッ

乾いた音が教室内に鳴り響く

棗は一瞬何が起こったか分からないまま、流架の方向を見る

「棗が、棗がそんな弱虫だなんて思わなかった。自分の気持ちもはっきり佐倉に言わないで。佐倉がそんなんで幸せになるのかよ!!!」

「・・・・」

「それに、棗らしくないじゃないか。幾ら佐倉は強いっていったって育児に関しては初心者だし、父親のお前がいてやらないと子供だってかわいそうだろ?」

「ちょ・・まてよ、どういうことだ?」

棗は突然、知らないといったような表情を見せる

「父親?」

訝しみながら棗はその言葉をつぶやく

「もしかして棗、何も知らない?」

「何の事だ・・・?」

自分が思っていた疑問が解決する

そうか、棗は何も“知らなかったんだ”

「じゃあ佐倉は、自分が妊娠している事を棗に一言も話さずに別れたってこと・・・?」

「何の、話だよ。蜜柑が・・・妊娠?」

「その様子じゃ、全く知らされて無いみたい・・・だね」

「・・・何も、聞いてねぇ。ホント、なのか?」

心底ビックリしている様子の棗は、何がなんだか分からないといった表情をしている

「アイツ・・・。なんで何も言わないで」

「行っておいでよ。佐倉の所へ」

「俺・・・」

「大丈夫、棗なら。それに・・・佐倉だって棗の命が長くないかもしれない事くらい知ってる。佐倉は、ずっと前からそんな事覚悟の上で付き合ってたと思うよ?」

その言葉で思い出す

蜜柑は体調に関することになるとものすごく心配してきた。少しダルイと思ったときでも、気づいて、気にかけてくれた

「・・・・何を悩んでたんだろうな」

「早く、行っておいで」

「サンキュー流架。そのうち奢る」

棗の表情は元に戻っていた。

そして、棗はドアを開けると走って行った。

「・・・頑張れ、棗」

遠ざかる背中に向かってつぶやく。









寮の自分の部屋に向かって走って走る。

止まらない。あふれ出てくる

好きだ、蜜柑が好きだ。

あふれ出す思いとともに、鼓動が高鳴る

部屋に入ると、すぐに机の引き出しを引っ張る。手をつっこむと置くから小さなケースを取り出す

「・・・・よし」

一度あけて、中身をちゃんと確認すると、ポケットの中に入れる。

そうすると、そのままその足で蜜柑を探しに外に出た

「蜜柑っ・・・!」

「な、つめ!?」

蜜柑を見つけると、棗はそのままそこに飛び出し、腕を掴むと抱き寄せた。

野乃子ちゃん達と話をしていた蜜柑は突然の出来事に傍線とする。

周りの人たちはそれ以上にビックリしていて

でも蜜柑はそれより、棗が必死になって走ってここまできて、呼吸もままならないほど取り乱している事がビックリだった。

そして、棗は蜜柑が予想だにしない事を言った

「蜜柑、俺と結婚してください」

瞬間、周りはざわめき、蜜柑は驚きに声を失った。


もう、お前を離したりなんかしない。